会話

 

あなたライアンマッギンレー好きでしょ?

 

うん、まあチンコの次くらいにね

 

まあ、そうだろうね

 

うん

 

 

こんなことを本気で夜中に会話してるんだから、

 

病むし焦げる。

 

 

 

 

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人生=ビスケット

ある小説に、人生はビスケットの缶だって思えばいい、という文章がある。

 


「人生はビスケットの缶だと思えばいいのよ」
「ビスケットの缶にいろんなビスケットがつまってて、好きなのとあまり好きじゃないのがあるでしょ?それで先に好きなのどんどん食べちゃうと、あとあまり好きじゃないのばっかり残るわよね。私、辛いことがあるといつもそう思うのよ。今これをやっとくとあとになって楽になるって。人生はビスケットの缶なんだって」

 

この文章は後期の人生でいつも支えになっている。

気休めと言ったらそれまでだけど。

 

中高で上手く友達が出来ず青春時代は我武者羅にひたすら孤独に絵を描いて、最終的にそのストイックな思考が反動で精神病を患ったあたしのビスケットの缶にはもう美味しいやつしか残ってない。

 

不幸など訪れるわけない。(不味いのは全部食べた、はず)

 

ただ、不味いビスケットばかり食べていると慣れてくる。

むしろ不味いビスケットに逆に安心してしまう。

不味いのだけで満腹になるんだ。

 

最近、もう不味いのは全部食べたと思っていたのにとても辛いことがあった。

心底落ち込んだのだけど、悲しみとか苦しみとか恨み辛み云々の感情の壁の上から不幸にホッとしている自分がこっちをじっと見つめている。

 

 

このホッとした感情を冷静に分析してみると2種類あって、

これ以上もう不幸にはならなくてすむ。後は上がるだけ、という安堵感と、

きたきたきたきた、いつもの辛いやつ。やっぱこれでなきゃあたしじゃないよね!!という意味のわからない安心感。

 

全くいい加減にしてくれよ、ビスケットたち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ブログ盆休みしてました

最近の一葉の右脳で再生された続けた自主映画たち。

 

言葉の泥棒騒ぎ

 

長続きする恋人は必ず顔が似ている(似てくる

 

縁があると別れても必ずまた再会してしまう法則

 

 

の3本立て、でした。

 

 

 

 

 

 

 

昨日は5時半に帰宅し、部屋は薄暗く全体にうっすら積もった埃のような邪気のような陰気な雰囲気が漂っていた。

 

すぐに熱いシャワーを浴びて眠剤を飲み、少し読書して6時半に眠った。

 

夜中12時に飲まないかと最近ついにできた女友達のお誘いのラインで目覚めたけど、体は鉛みたいに床に引っ付いていて起き上がれず断念。

 

また深い眠りにつき、気づいたら朝9時だった。

 

部屋は朝の光で一層うっすら積もった埃が目立った。

 

この家はもう死んでいるな、と思った。

風を通したい。

 

 

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一葉、二葉、三葉

最近、自分の中にもう2人の一葉がいて心底疲れている。

自分の中の声が煩い。

 

交互に現れては、片方は未来にポジティブなことを言い微笑み、もう片方は失望するような未来を予測して絶望させようとする。

しかも2人は想像の右脳世界で実写として動いて見えるからすごく鮮明に訴えかけてくる。

そして、悲しいことに後者が断然強い。

ポジティブな片方はほぼ寄り切りで土俵外に転げ落ちそうになってる。

 

だから最近、恐ろしくわたしはぼーっとしている。

2人の話で忙しい。

それに耳を傾けていると、一体自分がなにがなんだかわからなくなってくる。

 

わたしが酔った時ときだけ、2人も酔って静かになる。

 

 

 

 

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デイドリイム

昼に起きて、同居人エスに簡単なスープをつくり、同居人エスは撮影に出かけた。

 

しーんとした薄暗部屋でぼんやりしていたけど、もう1人の自分の声が煩く、もう1人の自分の想像力が右脳をどんどん侵食してくるので落ち着かず動悸もするので、眠剤を飲んでまた眠った。

 

5時過ぎに同居人エスが一時帰宅しぐっすりとした眠りから起きた。

上機嫌なエスをぼんやり眺めていた。

上機嫌なエスは、わたしにフリーダカーロに扮した森村泰昌の手鏡をくれた。

 

そして真っ赤のアロハを颯爽と羽織り夜の街に消えていった。

 

家に誰もいないが焼肉でも食べたいなぁと、ぼんやり思ったら焼肉で食べようと友達から連絡があって、あたしも夜の街に消えた。

 

白昼夢みたいな日だった。

 

 

 

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花火大会

あたしは、生まれががっつり大阪やから花火といえば淀川花火大会。

はじめてきちんと東京の花火大会に観覧しにやってきた。先々週からずっとずっと楽しみにしていたが、なんとなく当日に近づくにつれて、気持ちは落ち込みがちになっていた。

花火てなんかそゆうもんやんね

 

 

板橋花火大会は、まさかの淀川花火大会を彷彿させて荒川を挟む橋が完全に十三大橋。

河川敷の斜面の芝生で綺麗な花火を眺めながらも、大阪の記憶が所々蘇りなんとなくセンチメンタルになっていた。 

 

来年はみんなで淀川花火大会に行けたらいいな。

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